建物明渡請求事件の一つの特色として、弁護士費用以外に要する実費が比較的高額になるという点が挙げられます。
特に、建物明渡しの強制執行を最後まで行った場合の執行費用が高額になります。
本記事では、建物明渡しに関する執行費用などの実費について解説します。
なお、建物明渡しの弁護士費用と実費を合算した場合のシミュレーションについては、本ウェブサイトの「建物明渡の弁護士費用と実費のシミュレーション」に詳しく掲載しておりますので、こちらを是非ご覧ください。
このページの目次
1 弁護士費用以外に要する実費の概要
弁護士費用以外に、建物明渡しの強制執行に要する実費の代表例として、以下のようなものが挙げられます。
本ウェブサイトの「賃料滞納による建物明渡請求の流れ」も適宜参照いただければ、理解が進むかと思われます。
①法律事務所から発送する各種書類の郵送費用
オーブ法律事務所にご依頼の場合には相手方1名あたり2750円(税込)
ご説明
賃借人への内容証明郵便の送付、法律事務所と依頼者及び相手方との連絡文書のやり取りなどのために、書類の郵送費が発生します。
当事務所では、賃借人又は連帯保証人1名あたり2750円(税込)の書類郵送費用見込額を設定し、ご依頼の段階でいただいております。実際に発生した書類郵送費の多寡にかかわらず、追加のご請求や余剰の返金は行わない取扱いとしております。
②訴訟提起時の必要書類の取得費用
千数百円~数千円程度
ご説明
訴訟提起時には、通常、㋐建物の登記簿謄本、㋑建物の固定資産評価証明書、㋒賃借人・連帯保証人の住民票を提出します。
㋓当事者が法人・会社の場合には法人・会社の登記簿謄本を裁判所へ提出します。
㋔相続が絡む事案は相続関係を明らかにするための戸籍謄本も提出します。
2023年1月段階での詳細は以下のとおりです。手数料は市町村によって異なり、たびたび改定されておりますので、正確な情報は市町村から得た方が良いでしょう。
ア 建物の登記簿謄本の取得のための印紙代
1物件600円
※駐車場の明渡しをセットで行う場合、駐車場が存する土地の登記簿謄本も必要です。
イ 建物の固定資産評価証明書の取得のための小為替
千葉市の場合1通300円(+小為替購入手数料200円)
※駐車場の明渡しをセットで行う場合、駐車場が存する土地の固定資産評価証明書も必要です。
ウ 賃借人・連帯保証人の住民票取得にあたっての小為替
千葉市の場合1通300円(+小為替購入手数料200円)
裁判所への提出が必須ではありませんが、当事務所では取得の上、裁判所に提出するようにしています。
エ 当事者が法人・会社の場合の、法人・会社の登記簿謄本取得のための印紙代
1通600円
オ 相続が絡む事案における戸籍謄本等取得のための小為替
市町村によって異なります。
千葉市の場合には1通450~750円(+小為替購入手数料200円)
③訴訟提起にあたって裁判所に納める費用
多くの事案では数万円以内
ご説明
裁判所に印紙や、郵便切手を納める必要があります。
取り急ぎ、数万円はかかるものだと考えておきましょう。物件が広い場合や、固定資産評価額が高額な場合には、印紙代も高額になりますので、要注意です。
2023年1月段階の詳細は以下のとおりです。
ア 印紙代
以下のステップに沿って算出される印紙代を裁判所に納める必要があります。
(ア)訴額の算出
通常、建物の固定資産評価額の2分の1が訴額となります。
賃貸マンションやアパートの1室の場合、建物全体の床面積に占める1室の床面積の割合を算出し、建物全体の固定資産評価額をその割合に割り付けて算出することが一般的です。
(イ)訴額に対応する印紙代の算出
例えば、訴額85万円の場合には9000円といった形で、訴額に対応する印紙代を裁判所が設定しています。
裁判所のHPでは「手数料額早見表」が紹介されています。訴額に対応する印紙代を算出したい場合はこちらをご参照いただくと良いでしょう。
イ 予納郵券
千葉地裁の場合には
被告1名あたり6000円・同一訴訟で被告が1名増すと2178円
④建物明渡しの強制執行申立てにあたっての必要書類取得費用
執行文付与申立の印紙代 | 300円 |
(執行文付与に確定判決を用いる場合には)判決の確定証明書取得の印紙代 | 150円 |
送達証明書取得の印紙代 | 150円 |
ご説明
相手方が判決や裁判上の和解に従わない場合、建物明渡の強制執行を申し立てることになります。
その場合に提出する書類を取得するための費用です。
⑤建物明渡しの強制執行申立てにあたって裁判所に納める費用
予納金
千葉地方裁判所では本記事執筆時点で7万円
物件が一筆増すごとに2万円加算
動産執行を併せて申し立てる場合には3~4万円加算
ご説明
建物明渡の強制執行を申し立てる場合、裁判所に予納金というお金を納めます。
金額は各裁判所で異なります。
執行官は、このお金を手数料や旅費などに充てて、執行の手続を進めていきます。
強制執行の手続終了後、金額が一部戻ってくることがあります。
⑥明渡しの催告を行った場合に執行業者に支払う費用
執行業者立会費用・鍵技術者費用 | 5万円程度 |
ご説明
明渡しの催告では、執行業者が明渡しの断行を行う場合の見積を作成するため、執行業者の立会費用が必要です。鍵が開いているのか不明ですので、通常、鍵技術者を同行する費用も発生します。明渡しの断行の段階では、鍵交換を行いますので、この時点で鍵交換の見積も取得します。
概算の金額を記載していますが、必ずしもこの金額どおりにはなりません。
⑦明渡しの断行を行った場合に執行業者に支払う費用
断行当日の作業費用:作業員代、鍵技術者費用、車両費、梱包費用、廃棄処分費用など
1ルームマンションの場合 | 20万円程度 |
ファミリー向けのマンションの場合 | 40万円~60万円程度 |
2階建の一戸建の場合 | 70万円~100万円程度 |
ご説明
明渡の断行の段階に進むと、一気に高額な執行費用が必要となります。明渡しの断行では、執行官の指示の下、執行業者が多数の作業員を動員し、残置された荷物を搬出し、梱包、廃棄していきます。
鍵の交換も行います。そのため、作業員代、鍵技術者費用、車両費、梱包費用、廃棄処分費用などの諸費用が発生します。非常に割高な引越しを行うイメージを持っていただければ良いかと思われます。
概算の金額を記載していますが、荷物の量や、現場状況に左右されますので、必ずしもこの金額どおりにはなりません。本記事に記載した金額よりも更に高額の費用がかかるリスクもあります。
⑧明渡しの断行終了後、残置動産の売却期日が行われることになった場合の費用
残置物の保管費用、売却期日における執行業者の立会費用など
合計10~15万円程度
ご説明
明渡しの断行の現場で、賃借人が荷物を後で取りに来ることを表明した場合、残置物(目的外動産と言います。)は直ちに処分せずに保管することになります。
執行官が目的外動産の保管を決めた場合、保管期間を経て、売却期日の段階に進みます。1か月程度保管しますので、保管費用(倉庫代)が必要になります。
売却期日には執行業者が立会った上で、目的外動産の売却を行います。執行業者の立会費用も必要です。
概算の金額を記載していますが、必ずしも、こちらに記載した金額どおりにはなりません。
保管場所を賃貸人が提供できるのであれば、保管費用を節約できる可能性があります。
なお、明渡しの断行の段階で、執行官が目的外動産を現場で即日売却することがあります。例えば、賃借人自身が残置物の所有権放棄を表明した場合などです。この場合には、賃貸人が残置物を、現場で買い取った扱いとし、そのまま執行業者に廃棄処分してもらいます。残置物の保管のための倉庫代、売却期日における執行業者の立会費用などは発生しません。
賃借人が後日荷物を取りに行きたいと言ったケースでも、現場保管で保安上問題ないと考えられるような場合、執行官が荷物を現場で保管するという扱いをすることもあります。この場合には、残置物の保管のための倉庫代が節約できます(ただし、現場で保管する以上、その間は部屋が使えないので、明渡しが延びてしまうということにはなりますが。)。
2 明渡しの断行を行う場合の、高額の執行費用は必ず発生するのか?
正直、尻込みする金額です。
必ず、そのような高額の執行費用は発生するのですか?
明渡しの断行に至らずに、明渡しが実現した場合には、明渡しの断行に関する高額の費用は発生しません。
例えば、訴訟提起後に、入居者が自主退去した場合には、上記1の実費のうち、①~③が発生するにとどまります。多くのケースでは、弁護士費用以外の実費は約数万円とみておけば良いでしょう。
また、強制執行を申立て、明渡しの催告まで行い、断行に至らないまま入居者が自主退去した場合には、上記1の①~③の費用に加えて、④~⑥の費用が発生するにとどまります。実費は十数万円くらいとみておけば良いでしょう。
費用が高額になるのは明渡しの断行に至った場合です。
3 明渡しの断行に進む前のキャンセルについて
断行以前に、賃借人が退去に応じた場合は、執行手続の取下げを行います。いわば、明渡しの断行についてはキャンセルするわけです。
明渡しの催告の時点で発生する費用は返金されませんが、これ以上の費用負担を抑えることができます。予納金も一部返金される可能性もあります。
退去時期が断行予定日と切迫しているとキャンセル費用が生じることがありますので、注意が必要です。
4 明渡しの断行を行う場合の、高額の執行費用を回避する方法はあるのか?
明渡しの断行に至る前に、賃借人が自主退去し、明渡しが実現できれば良いことになります。主なチャンスとして以下のタイミングが挙げられます。
(1)訴訟の第1回期日で和解を狙う
賃料を滞納した賃借人を自主的に退去させるのは正直難しいところがあります。
弁護士が内容証明郵便を出したとしても、退去しない人は退去しません。
しかし、裁判手続に移行すると、賃借人も事の重大さを理解するのか、退去に前向きになることがあります。そこで、退去までの猶予期限を設定し、当該期間までに賃借人が建物を明け渡す旨の和解を成立させることが考えられます。
この場合、賃借人も納得の上、和解に応じたのですから、判決の場合と比べて、自主退去が期待できるでしょう。
ただし、和解成立に当たって、賃借人が未払賃料などの免除を求めてくることもあります。個別具体的な状況次第ですが、断行に費用を費やすより未払賃料などを免除して早めに退去させた方が、経済的には合理的な場合もあるでしょう。
(2)明渡しの催告から断行が始まるまでの間の自主退去を狙う
賃借人の中には、裁判に出頭しない人もいます。また、賃料を分割で支払うので建物を使用させてほしいという、納得しかねる提案を行う人もいます。
裁判上の和解が難しいようであれば、裁判所に判決を言渡してもらうしかありません。
この場合の多くは強制執行に移行します。強制執行になると、執行官が建物に臨場の上、期限を定めて明渡しを行うよう通告します(明渡しの催告)。
執行官が自宅に臨場するというのは、相当のプレッシャーのようです。実際に、明渡しの断行の予定日に至る前に、賃借人が自主退去することもあり得ます。自主退去が実現すれば、強制執行を取下げ、断行に至った場合の費用を抑えられます。
(3)残念ながら断行に至る事案がある
明渡しの催告の後も、賃借人が自主退去しないケースがあるのも事実です。このような場合は、明渡しの断行を行わざるを得ないでしょう。
賃借人が荷物を残して夜逃げしたケースも断行に至ることになるでしょう。
賃料滞納以外の契約違反(他の入居者への迷惑行為など)の場合では、賃借人の態度が不誠実で、会話すらままならないこともあります。
こういったケースでは費用負担を覚悟して粛々と明渡しの断行に進むべきです。
5 強制執行に要する執行費用や弁護士費用は賃借人負担では?
弁護士費用も賃借人負担ではないのですか?
強制執行に要する執行費用は、本来、賃借人負担です。
しかし、家賃滞納の事案では、賃借人が財産を持っておらず、実際問題、回収ができないというケースが多いかと思われます。
そのため、賃貸人が、結局、執行費用を負担したままになってしまうことを覚悟するべきでしょう。
6 執行費用が高くなる場合
執行費用が高くなる場合の典型例が、荷物の量が多い場合です。荷物の量に応じて、当然、作業員の人員も必要となり、運搬用車両の台数も多く確保する必要があります。
ペットを飼っている賃借人の場合も余計な費用がかかる可能性があります。
ペットが断行の現場にいる場合、執行官の判断次第ですが、即保健所送りとすることも酷なため、現場で緊急換価した上、執行業者が暫く保管するという対応をとるケースがあります。その場合、余計な保管費用が生じます。
仏壇や位牌、遺影、遺骨が残置されていたような場合、特別な保管費用が生じる可能性があるほか、供養料が別途生じることがあります。
廃油、危険物が存在する場合も、運搬・処理の費用が別途生じることになり得ます。
7 断行に要する費用を訴訟提起前に知る方法
訴訟提起を依頼する前に、明渡しの断行に要する費用を事前に知ることはできるのでしょうか?
訴訟提起前に、執行業者を同伴して貸室を訪問し、明渡しの断行を行った場合の見積を行ってもらうという方法があります。この場合、現地の状況を踏まえた見積が行われますので、相当程度精度が高い事前予測が可能となります。
ただし、賃借人が立入りを許可する必要があります。また、明渡しの断行に至るまでの間に、荷物が増減すると見積書の金額どおりにはならない可能性があります。
※2023年1月執筆当時の情報を前提としたものです。
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