借家契約の更新拒絶における正当事由

介護が必要となった親と同居するため、賃貸中の貸家を返してもらいたい…

陳腐化して賃料も見込めなくなったマンションを建て替えたい…

築50年以上の耐震性に不安がある木造アパートを解体して、新しいマンションを建設したい…

しかし、入居中のテナントがいる…

普通借家契約なので明渡しは簡単ではないと聞いたことがある…

調べてみると正当事由が必要と書いてある…

けれど、正当事由ってよくわからない…

このようなお悩みをお持ちの不動産オーナー様はいらっしゃいますか?

普通借家契約の期間満了による終了について簡単に触れます。

普通借家契約を期間満了で終了させるためには、期間満了の1年前から半年前の間に更新拒絶の通知を行う必要があり(借地借家法26条1項)、かつ、更新拒絶に正当事由が具備されていることを要します(借地借家法28条)。

更新拒絶後も賃借人が使用を継続する場合には遅滞なく異議を述べる必要があります(借地借家法26条2項)。

仮に正当事由が無い更新拒絶であった場合、通常であれば、当該普通借家契約は期限の定めが無い普通借家契約として存続します。

期間の定めが無い普通借家契約は、解約申し入れを行い、かつ、当該解約申入れに正当事由が認められれば(借地借家法28条)、解約申入れの日から6か月で終了します(借地借家法27条1項)。解約申入後も賃借人が使用を継続する場合には遅滞なく異議を述べる必要があります。

いずれにせよ、更新拒絶・解約申入れに正当事由が必要とされています。

本ウェブページでは、法律概念の中でも、特に説明が難しい、正当事由について解説を行っております。

なお、本記事は普通借家契約を前提とした解説を行っております。

このページの目次

1 正当事由の根拠:借地借家法第28条の規定

正当事由の根拠は借地借家法第28条であり、具体的には「賃貸人及び賃借人(転借人を含む。…)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合」と定められております。

条文を読むだけですと、非常にわかりにくいですね‥‥

2 正当事由のポイントは、①賃貸人側の必要性、②賃借人側の必要性、③立退料の提供

多少の正確性を欠きますが、借地借家法の定めをかみ砕くと以下のとおりです。

すなわち、正当事由は、

  1. 賃貸人側の必要性(自己使用、建替え、老朽化など)と、
  2. 賃借人側の必要性(居住、営業など)を
    諸要素(従前の経過や、建物の現況、利用状況)を考慮しながら見比べた上で、
  3. 賃借人の不利益を補う立退料の提供
    があれば、認められます。

0か100かといった一義的な基準ではありません。

かみ砕いて説明しましたが、それでもよくわかりませんね。更に解説します。

この①②③のナンバリングは、以下の解説でも使用します。

3 ①賃貸人側の必要性が高く、②賃借人側の必要性が低いと、③立退料が安くなる

繰り返しになりますが、正当事由は、①賃貸人側の必要性と、②賃借人側の必要性を、諸要素を考慮しながら見比べた上で、③賃借人の不利益を補う立退料の提供があれば認められます。

すなわち、①賃貸人側の必要性が高く、②賃借人側の必要性が低いと、③より安価な立退料で、正当事由が認められることになります。

極端な話、①賃貸人側の必要性が極めて高度で、②賃借人側の必要性が皆無であれば、③立退料の支払は不要となります。

例えば、以下の判例(正確には裁判例ですが、単に「判例」と呼びます。)は、③立退料の提供を不要としています。

  • 数年内に朽廃、取り壊しを免れない築80年の木造建物の明渡しにつき、賃借人が立退きを拒絶した。賃借人のうち1名は別邸があり、残業の際に寝泊まりする程度であった。
    判決は当該賃借人については立退料の提供無しに明渡しを認めた(東京地裁平成20年4月23日判決)。
  • 地震・火災の危険が存在し、維持管理費用が多額の明治38年築の木造建物の明渡しの事案。
    賃借人は他に生活の本拠があった。しかし、建物の文化的価値から立退きを拒絶した。
    判決は立退料の提供無しに明渡しを認めた(東京地裁平成21年9月11日判決)。

ただし、立退料の提供が不要となるのは、よほど極端なケースに限られます。

多くの裁判例は大なり小なり立退料の提供を要求しています。

立退料は事業用物件では高額になる傾向があります。

詳しくは、本ウェブサイトの「立退料の相場」にて解説しておりますので、適宜、ご参照ください。

4 逆に、①賃貸人側の必要性が低く、②賃借人側の必要性が高いと、③どれだけ立退料を積んでも正当事由が認められない

先ほどの話と表裏一体ですが、①賃貸人側の必要性が説得力に欠け、②賃借人側の必要性が高度な場合、どれだけ立退料を積んでも正当事由は認められなくなってしまいます。

例えば、東京地裁平成27年9月17日判決では、賃貸人が築40年の鉄骨鉄筋コンクリートのビルにつき、老朽化を理由として明渡しを請求しました。

①賃貸人側の必要性としては、具体的な建替計画が無く、低いと評価されました。

一方、②賃借人側の必要性としては、クリニックを運営し、多額の内装工事や、患者への継続的な治療を要する美容医療を行っており、高いと評価されました。

賃貸人は③裁判所が定める相当額の立退料の提供を申し出ていました(高額であっても裁判所の決めた額には従うという意味です。)。

しかし、判決では、立退料による補完を検討するまでもないとして、正当事由が否定されました。

 ①賃貸人側の必要性その1 ~自己使用の必要性~

(1)賃貸人に自己使用の必要性があると、立退料が安くなる可能性がある

①賃貸人側の必要性の一つとして、立退き後の物件を自ら使用したいという自己使用の必要性が挙げられます。

一般的に、自己使用の必要性は、老朽化による建替えの必要性や、再開発による建替えの必要性などと比べると、必要性の程度が大きく、③立退料が安くなる方向に働き得ます。

賃貸人側の自己使用の必要性を理由に、比較的安価な立退料にて、正当事由を認めた判例として、例えば、以下が挙げられます。

  • 賃貸人が60歳を超えて疾病に罹患し、賃貸物件で息子夫婦と同居することを希望してその明渡しを請求し、賃料6か月分の立退料にて正当事由を認めた例(東京地裁平成25年10月10日判決)

(2)賃借人の自己使用の必要性が高いと、立退料が高くなる可能性がある

ただし、賃貸人側だけではなく、②賃借人側の自己使用の必要性も、正当事由の判断にあたっては重視され、立退料が高額となる方向に働くため、注意が必要です。

賃貸人側・賃借人側双方に自己使用の必要性が認められることを理由に、ある程度の立退料にて正当事由を認めた判例として、例えば以下が挙げられます。

  • 85歳の賃貸人が息子家族に介護してもらいながら賃借物件に自ら居住することを希望して明渡しを請求したが、賃借人も癌や不眠症に罹患しており居住継続の必要性が高く、賃料約2年分の立退料にて正当事由を認めた例(東京地裁平成28年7月14日判決)
  • 高齢で骨粗鬆症などに罹患した賃貸人が、賃借物件を取り壊して二世帯住宅を建設して長男夫婦と同居することを希望して明渡しを請求したが、賃借人も36年以上賃借物件に居住しており、耐震補強工事により賃借人の使用継続は可能で、賃借人自身が要介護4で退去に困難を伴うこと等も考慮し、賃料約4年分に移転費用を上乗せした金額にて正当事由を認めた例(東京地裁令和2年3月31日判決)

6 ①賃貸人側の必要性その2 ~老朽化建替え~

(1)老朽化建替えや再開発(地上げ)の場合、立退料の提供により、正当事由が認められることがある

老朽化建替えは、①賃貸人側の必要性を基礎づける要素となり、相応の立退料の提供によって正当事由が認められることがあります。

賃借人の存在を認識しながら賃貸物件を買い取り、再開発を理由とした更新拒絶を行う例もあります。こうした事例は「地上げ」という悪いイメージを持たれがちです。

しかし、老朽化建替えや再開発の事例においても、相応の立退料の提供により正当事由が認められることがあります(東京地裁平成24年4月17日判決、東京地裁平成29年12月25日判決、東京地裁令和2年3月12日判決、東京地裁令和2年3月24日判決など)。

(2)正当事由が否定されないよう賃貸人側で相応の準備を行う

しかし、老朽化建替えや再開発は、自己使用の必要性と比べると、正当事由が認められにくい傾向にあります。

立退き後の物件を自ら使用するという自己使用の必要性と比べると、老朽化建替えや再開発の必要性は低いと考えられているためです。賃貸人側では相応の準備をする必要があります。

具体例として以下が挙げられます。

絶対に立退料の予算を確保する(立退料は必ず必要となる)

絶対に必要なことは立退料の予算を確保することです。建物の老朽化が進んでいたとしても、立退料無しに老朽化建替えや再開発を実現できる可能性は極めて乏しいでしょう。

例えば、築65年以上の2階建ての木造建物の建替えを理由に更新拒絶を行った事例で、大規模な地震で倒壊するおそれがあると裁判所も肯定した建物につき、立退料として約972万円が要求されています(東京地裁平成29年7月18日判決)。

立退料の金額については、本ウェブサイトの「立退料の相場」にて解説しております。

予算を確保して相応の耐震診断を事前に行う

老朽化が問題となる事例では、賃借人から耐震性には問題が無いはずだ、という反論が行われることが想定されます。

単に、築年数が古いことや、外から見て劣化しているように見えることを示すだけでは、耐震性に問題があることを立証できたことになりません。

例えば、東京地裁平成27年2月5日判決は築79年の木造建物について、外観が古いだけでは倒壊の危険を認める証明がないとし、賃貸人が新築建物賃料1年分以上の立退料を提供していたのに正当事由を否定しました。

倒壊の危険を立証するためには客観指標(Is値やIw値)を含んだ耐震診断を行う必要があります。しかし、客観指標の測定には、決して安価とはいえない費用を要します。

予算を確保する必要があります。

耐震補強工事に要する費用について詳細な見積書を事前に取得する

地震による倒壊の危険を立証できたとしても、賃借人からは耐震補強工事によって既存建物を継続使用できる、といった反論が行われる可能性があります。

賃貸人としては、耐震補強工事よりも、建替えの方が経済的に合理的であることを立証する必要があります。

例えば、木造居住用物件の賃貸借契約の更新拒絶につき、耐震補強工事に300万円近くを要すること、そのような費用をかけても賃借人の募集に難があることなどに触れ、立退料42万円(賃料1年分)の提供にて正当事由を認めた例があります(東京地裁令和元年11月18日判決)。

一方、客観指標を含んだ耐震診断で倒壊の危険があるとされた築40年以上のRC造のビルの更新拒絶について、耐震補強工事に経済的合理性があることを根拠の一つに挙げ、正当事由を否定した例があります(東京地裁平成24年9月27日判決)。

建替えの方が経済的に合理的であることを立証するには、耐震補強工事に要する費用を立証する必要があります。例えば、耐震補強工事に要する費用の見積書を取得することが考えられます。

ただし、費用の多寡を巡って争いになることがあります。できる限り詳細な見積書を取得しましょう。

更新拒絶・解約申入れ時点で具体的な建替計画を策定する

老朽化建替えの事案では、更新拒絶・解約申入れ時点において、賃貸借契約終了後に建替えに着手できるほどの具体的な建替計画が無いと、正当事由を否定されることがあります。

例えば、建築案が更新拒絶の後に作成されており、更新拒絶後に至っても賃貸人側から建替計画が実施されるか不明である旨などを伝えてしまった場合(東京地裁平成27年9月17日判決)、建替計画として極めて簡易な手書の平面図が作成されるのみで、耐震改修工事や建替工事の見積書が解約申入れ後に作成され、建替えの融資を行う金融機関も建替計画の内容を検討していないといった事情がある場合(東京地裁平成28年5月12日判決)に、正当事由が否定されています。

更新拒絶前に、建設会社に具体的な建設計画書を作成させるなどの対応をとるべきでしょう。耐震補強工事に要する費用の見積書も更新拒絶前の作成が必要です。

賃貸物件を買い取って再開発を行う場合には、建物取得前に事前交渉を行う

繰り返しとなりますが、賃借人の存在を認識しつつ、賃貸物件を買い取って再開発を行う場合であっても、正当事由が認められる余地があります。

しかし、このような場合には、建物取得前に立退料の金額といった諸条件について、賃借人と事前交渉を行っておくべきでしょう。

建物取得前の事前交渉を行わなかったことを事情の一つとして正当事由を否定した具体例として、平成24年9月27日判決などが挙げられます。

賃借人が入居可能な代替物件の調査を行う

正当事由の存否の判断にあたっては、賃借人が代替物件に移転することが可能か否かも考慮されます。移転が容易であれば、正当事由が認められる方向に働きます。

入居可能な代替物件の存否は不動産業者の協力を得るなどして可能な限り調査するべきでしょう。

また、正当事由の存否の判断にあたっては、更新拒絶に至るまでの、従前の経過も考慮されます。代替物件を発見できた場合には、賃借人に情報提供を行うなど、誠実な交渉を行うべきです。

その方が正当事由も認められやすくなる方向に働きます。

7 ①賃貸人側の必要性その3 ~賃貸物件の売却~

やや特殊な類型ですが、賃貸物件を売却するために、賃借人を立ち退かせることを希望するというケースもあります。

(1)高く売りたいだけでは正当事由は認められない

このようなケースは①賃貸人側の必要性が乏しいとみなされ、正当事由が否定されやすい傾向にあります。

例えば、より高額の売却を狙って空室にしたいという目的では、正当事由が認められる可能性は乏しいでしょう(東京高裁昭和26年1月29日判決。古い事例でその旨明言されています。)。

(2)資金調達の必要がある場合には正当事由が認められることがある

賃貸物件の売却を理由として正当事由が認められるためには、資金調達の必要性などの特別な事情が必要です。

資金調達のための売却を正当事由として認めた具体例としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 東京高裁平成12年12月14日判決
    年金生活者の賃貸人が、銀行の借入金債務について利息のみを支払い、元本の返済は期限猶予を行っていた。債務を返済するための資産としては賃貸物件とその敷地しかなかった。賃貸人が清涼飲料水の販売店に関する賃貸借契約の解約申入れを行い、借入金債務の返済を正当事由として主張した。判決は立退料600万円にて正当事由を認めた。
    資金調達の手段として売却の必要があったとしても、立退料の支払は必須です。資金調達の手段として、売却が必ずしも必須ではない場合には立退料は高額となる方向に働きます。

(3)老朽化した建物の取壊しを前提に売却する場合には正当事由が認められることがある

賃貸物件の売却を理由として正当事由が認められるパターンとして、老朽化した建物の取り壊しを前提として、敷地と建物を売却するという場合があります。具体例としては以下のようなものがあります。

  • 東京地裁平成29年1月19日判決
    賃貸人がアパートを取り壊すことを前提に、アパートと敷地を第三者に転売することを希望。アパートの耐震性の問題・耐震補強工事に建替えと同程度費用がかかること、被告以外の賃借人は退去し、被告は引越費用などの支払を受ければ同条件の物件に退去可能であることなどを考慮して、立退料35万円にて正当事由を認めた。

このパターンは判決の数が少なく、必ずしも正当事由が認められるとは限らないことに注意が必要です。

また、「①賃貸人側の必要性その2 ~老朽化建替え~」にて前述した注意点に従い、耐震補強工事に要する費用の見積書などを集める必要もあるでしょう。

8 賃料滞納や迷惑行為などの事情がある場合、立退料を払わなくても正当事由が認められることがある

最後に、例外的に立退料を支払わずに正当事由が認められる可能性がある類型を紹介します。

それは、賃借人に賃料滞納や迷惑行為などが認められる場合です。ここでは若干の判例をご紹介します。

(1)犬の飼育で被害があった事例(東京地裁昭和54年8月30日判決)

この事例では、共同住宅において、賃借人が、賃貸人に無断で、犬2匹を飼育していたため、付近の5世帯に、犬の毛の飛散、害虫発生、糞尿の悪臭等の被害が発生していました。

賃貸人にも苦情が寄せられていましたが、賃借人は犬の飼育中止の申入れを拒否していました。賃貸人は更新を拒絶し、裁判所は立退料無しで明渡しを認めました。

(2)賃料滞納があった事例(神戸地裁平成28年12月8日判決)

この事例では、賃借人は、神戸市から、建物を賃借して文化交流施設を運営していました。

しかし、度重なる賃料滞納が発生していました。賃貸人である神戸市は更新を拒絶し、裁判所は立退料無しで明渡しを認めました。

9 詳しくは弁護士に相談しましょう

本記事をお読みの方の中には、建替えや売却を検討中のオーナー様や、オーナー様から相談を受けた不動産管理会社の方や、ハウスメーカーの方がいらっしゃるかもしれません。

皆様が実際に抱えている事案で正当事由が認められるか否かについては、弁護士に相談してみた方が良いでしょう。

オーブ法律事務所の弁護士は立退料をめぐるご相談・ご依頼に対応しておりますので、法律相談のご予約を是非ご検討ください。

※2023年1月執筆当時の情報を前提としたものです。

本記事の記載内容に関して当事務所・所属弁護士が何らかの表明保証を行うものではなく、閲覧者が記載内容を利用した結果について何ら責任を負いません。

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