自力救済行為を行った場合の損害賠償

賃借人を強制退去させることは、違法な自力救済に該当します。

この場合、民法709条に基づき、賃借人等に損害賠償義務を負うでしょう。

このページでは、賠償が認められてしまう損害の内容について解説します。

1 賠償が命じられてしまう損害の内容

賃借人を強制退去させて、荷物を処分した場合、判例(※)の多くでは、以下の項目の賠償が認められています。

  1. 廃棄した動産の時価相当額の賠償
  2. 慰謝料
  3. 賃借人(入居者)の弁護士費用

※法律上は裁判例が正しいですが、単に「判例」と呼びます。

2 廃棄した荷物の時価相当額の賠償 

自力救済を理由として発生する賠償として、動産の時価相当額の賠償が挙げられます。

ここでいう動産とは、荷物などの賃借人の持ち物一式を指します。

賠償額は廃棄した動産の内容・量に左右されます。

賠償が認められるには、動産の存在や時価相当額を、賃借人側が証明する必要があります。

証明不十分を理由に賠償を否定した判例もあります。

しかし、比較的多くの事案では、厳密な証明が求められず、動産の時価相当額の賠償が認められています。

賠償額は、多くの事案は、100万円未満にとどまっています。

動産の内容・量が多くなかった可能性があります。

一方で、動産の時価相当額の賠償として、250万円の賠償を命じた判例もあります(浦和地裁平成6年4月22日判決)。

本ウェブページの末尾に、【実際の判例における廃棄した荷物の賠償の認定例】を紹介していますので、参考にしてみてください。

3 慰謝料

賃借人を強制退去させた場合、判例の多くは、慰謝料の支払いを命じています。

自力救済による使用不能期間が長いほど、慰謝料は高額となる傾向があります。

多くの事案では、慰謝料の金額は100万円未満となっています。

しかし、思い出の品々を廃棄したなどの特殊事情が存在した判例では、200万円もの高額な慰謝料が認定されています(東京地裁平成14年4月22日判決)。

本ウェブページの末尾に、【実際の判例における慰謝料の算定例】を紹介していますので、参考にしてみてください。

4 賃借人(入居者)の弁護士費用

強制退去を理由に賃借人(入居者)が損害賠償請求を行ってきた場合、賃借人(入居者)に発生する弁護士費用相当額の賠償が認められてしまいます。

賠償される金額は、請求認容額の10%程度となります。

実際に賃借人(入居者)が弁護士に支払った金額とは異なります。

例えば、自力救済を理由として100万円の損害賠償が認容された場合、10万円を別途、弁護士費用相当額として賠償する必要があります。

5 滞納賃料との相殺の可否

強制退去を理由に賃借人が損害賠償請求を行ってきた場合、賃借人の滞納賃料と相殺することは可能でしょうか?

賃借人が「入居している事実を知りながら」強制退去させた場合であれば、相殺が禁止される可能性が高いでしょう。この場合、滞納賃料回収にあたっては、別途、法的手続をとる必要があります。

理由も少々解説します。2020年4月1日施行の改正民法509条によると、「悪意による不法行為」に基づく損害賠償債務をもって、賃借人の滞納賃料支払債務と相殺することは禁止されます。

ここでいう「悪意」が認められるためには、積極的な害意が必要とされています。

「入居している事実を知りながら」強制退去させた場合には、賃借人に対する積極的な害意が認められ、「悪意による不法行為」に基づく損害賠償債務を背負う結果となり、相殺が禁止される可能性が高いものと考えられます。

ただし、賃借人が動産の所有権を放棄して退去したものと賃貸人が過失により誤解したという事案の場合には、相殺が禁止されるか議論の余地があるでしょう。

6 実行を指示した者も賠償義務を負う

自力救済を実行した者だけではなく、実行を指示した者も賠償義務を負います。

判例では、

  1. 賃貸人
  2. 不動産管理会社及びその従業員、役員
  3. 家賃保証会社及びその従業員・役員

などに賠償が命じられています。誰が実行・指示を行ったのか、どのような関与をしたのかによって賠償義務者は異なってきます。

珍しいものでは自力救済に関与した顧問弁護士の賠償義務が認められています(浦和地裁平成6年4月22日判決)。

7 賃借人の落ち度を理由として過失相殺できるか

交通事故では過失相殺が問題になります。

自力救済の場合も、賃借人に落ち度がある以上、過失相殺により賠償額が減額されるのではないかという議論があります。

結論として、過失相殺を理由として賠償額を減額した判例、過失相殺を認めなかった判例の両方が存在します。一貫した説明は難しく、過失相殺が認められるかはケースバイケースとなるでしょう。

過失相殺による減額を認めた例として、賃借人が、連絡先不明のまま6か月賃料を滞納し、内妻や連帯保証人にも適切な指示を行わなかったこと等から、30%の過失相殺を認めたものがあります(浦和地裁平成6年4月22日判決)。

厳密には過失相殺とは別の理論ですが、賃借人の不誠実な行動を慰謝料算定における減額要素として考慮した例もあります(東京地裁平成24年9月7日判決)。

過失相殺による減額を否定した例としては、大阪地裁平成25年10月17日判決、東京地裁平成29年1月25日判決があります。

8 盲点:損害賠償請求に対応するための自己の弁護士費用

Q
賃貸物件のオーナーです。記事を読みました。
自力救済に起因した賠償が認められるとしても、その金額は多額ではないという印象を持ちました。
強制退去させた方が家賃滞納を早期に解消できるので、得な気がしますが、いかがでしょうか?
A

必ずしもそうとは言い切れません。

損害賠償請求を受けた場合、オーナー様は弁護士に対応を依頼することになると思われます。

その際の弁護士費用は高額となるリスクがあります。

一般論として、請求額が高額であるほど、また、弁護士の活動による減額幅が大きいほど、弁護士報酬は高額となります。

例えば、東京地裁平成29年1月25日判決(請求額3470万2508円・減額金額3402万0199円のケース)の場合で、(旧)日本弁護士連合会報酬等基準を基に弁護士費用を概算すると、着手金173万1075円(税別)、報酬金342万1212円(税別)となります。

損害賠償請求を受けた場合、このような高額な弁護士費用をかけて防御しなければならないリスクがあります。

最初から建物明渡を弁護士に委任した方が経済的に合理的かもしれません。

9 まとめ

以上のとおり、違法な自力救済を実行すると、手痛い金銭的な損失が発生するリスクがあります。

ここでは、民事上の問題を中心に解説しましたが、刑事上の問題として器物損壊罪や住居侵入罪に問われるリスクもあります。建物明渡の実現は法的手続に則るべきでしょう。

実際の判例における廃棄した荷物の賠償の認定例

  • 浦和地裁平成6年4月22日判決
    廃棄の賠償:250万円
    マンション家財の処分の事案。火災保険会社の評価基準、賃借人の職業、生活状況、証拠上確認できた家財状況等から、金額認定。
  • 東京地裁平成14年4月22日判決
    廃棄の賠償:100万円
    不動産競売にて落札した居住用不動産内の動産類を処分した事案。個々の立証が困難であっても民事訴訟法248条を用いて相当な損害額が認定できるとされ、動産類の品目や写真等を考慮して損害額を認定。
  • 大阪高裁平成23年6月10日判決
    廃棄の賠償:70万円
    マンション家財の収去の事案。実行した不動産管理会社から、一部家財道具を保管して返還を試みたので賠償不要との反論があったが、保管環境が劣悪だったこと等から反論を排斥。うち50万円は高価なギターの賠償。
  • 東京地裁平成24年9月7日判決
    廃棄の賠償:30万円
    マンション家財の処分の事案。賃借人が火災保険会社の評価基準に基づく賠償を求めた。しかし、裁判所は火災保険会社の評価基準を基準とせず、証拠上認められる各家財の購入金額や使用状況などを細かく検討して金額を認定。
  • 東京地裁平成29年1月25日判決
    廃棄の賠償:58万2309円     
    接骨院店舗の什器備品等を撤去した事案。新品価格から3割減価した金額を時価額として認定。一部動産類は返還されたため、当該動産類の時価相当額は控除。

実際の判例における慰謝料の算定例

  • 浦和地裁平成6年4月22日判決
    慰謝料額:60万円
    賃借人が国外で逮捕された間に、マンションの家財を処分した事案。物品を再購入する労力、帰国後所持金が無く宿泊場所の確保も困難となったこと、自力救済の態様等を考慮。
  • 札幌地裁平成11年12月24日判決
    慰謝料額:10万円
    マンションに無断で立入り、居室内の水を抜き、ガスストーブのスイッチを切り、浴室の照明器具のカバーを外し、鍵を取り替えた事案。賃借人は、自力救済後、間もなく、鍵交換を業者に依頼してマンションへ立ち入ることができたケース。
  • 東京地裁平成14年4月22日判決
    慰謝料額:200万円
    不動産競売にて落札した居住用不動産内の動産類を引渡命令を使わず処分した事案。祖父母の代から受け継いだ桐箪笥・茶箪笥、仏壇・神棚等が廃棄されたこと等を考慮。
  • 東京地裁平成18年5月30日判決
    慰謝料額:5万円
    マンションへの無断立入・施錠具取付の事案。賃借人は当日中に施錠具を壊してマンションへ立ち入ることができたケース。
  • 大阪簡裁平成21年5月22日判決
    慰謝料額:50万円
    居住用物件からの強制退去の事案。突然、留守中に鍵交換が行われて着の身着のままで路頭に放り出されたこと、34日間居室を使用できなかったこと、ドヤ街からの通勤を強いられたこと、業者が日常的に自力救済を繰り返していたこと等を考慮。
  • 姫路簡裁平成21年12月22日判決
    慰謝料額:36万5000円 
    居住用物件からの強制退去の事案。23日間の車中泊を余儀なくされたこと等を考慮。
  • 大阪高裁平成23年6月10日判決
    慰謝料額:80万円
    マンションからの強制退去の事案。突如寝泊まりする場所の無い状態に陥り、絶望して自殺すら考えたほどの精神的苦痛を受けたことを考慮。賃借人が度重なる賃料支払催告を黙殺していたという事情があったものの、慰謝料は高額となる旨判示。
  • 東京地裁平成24年9月7日判決
    慰謝料額:20万円
    マンションからの強制退去の事案。家賃滞納が6か月に及んだこと、電話に出ずに折り返しも行わず、連絡を求める書面も黙殺し続けたこと等を考慮。
  • 大阪地裁平成25年10月17日判決
    慰謝料額:80万円
    マンションからの強制退去の事案。複数回による暴言、実力による物件からの退去、生活場所が無くなった時期があったこと、その後に自立支援施設等で生活した時期があったこと等を考慮。
  • 東京地裁平成29年1月25日判決
    慰謝料額:0円
    接骨院店舗の什器備品等を撤去した事案。接骨院側が経済的困窮、心療内科受診等による慰謝料を主張。しかし、賃借開始当初から賃料を滞納していた等の事情から、自力救済との因果関係を否定し、慰謝料請求を排斥。なお、従業員や顧客に見える箇所に貼り紙を貼った行為につき、10万円の慰謝料を認める。

※2023年1月執筆当時の情報を前提としたものです。

本記事の記載内容に関して当事務所・所属弁護士が何らかの表明保証を行うものではなく、閲覧者が記載内容を利用した結果について何ら責任を負いません。

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