賃料を滞納する賃借人に対し、憤りを隠せない不動産オーナーの方は少なくないでしょう。しかしながら、不誠実な賃借人であっても、法律上、何を行っても良いわけではありません。
本ウェブページでは、法律上、賃借人に行ってはならないことについてQ&A方式で解説します。
このページの目次
1 強制退去は自力救済として違法!
オーナー様から、家賃未納の入居者の荷物を搬出して、強制退去させてほしいという要望がありました。オーナー様からは、賃貸借契約書に、賃料未納2か月で荷物等を搬出できるという条項があるから大丈夫だろうと指摘されました。
法律上、強制退去はできるのでしょうか?
法律上、このような強制退去は許されません。絶対にやめてください。
解説
賃借物内部の動産(荷物等)の無断搬出、又は、無断廃棄、無断の鍵交換、その他無断で賃借物の使用を妨害する行為は、自力救済と評価されます。
自力救済は、法的手続によったのでは権利侵害の回復が不可能又は著しく困難といった例外的な場合にしか認められません(最高裁昭和40年12月7日判決)。
近時の裁判例の動向を参照しますと、賃料滞納だけでは自力救済が適法となることはありません。
たとえ、荷物の強制搬出等を許容する条項が賃貸借契約書にあった場合でも、自力救済は適法になりません。公序良俗違反(民法90条)などを理由として条項は無効になるでしょう(詳しくは本ウェブサイト「入居者が行方不明・夜逃げした場合の対応」をご覧ください。)。
自力救済を強行した場合、賃借人側から損害賠償請求を受ける可能性があります。
廃棄した動産の量や内容次第では、廃棄動産に関する賠償額も高額となるリスクがあります。別途、慰謝料の支払を余儀なくされるリスクもあります。
加えて、賃借人側からの賠償請求に対応するための弁護士費用も高額になってしまう場合が多いでしょう(詳しくは本ウェブサイト「自力救済行為を行った場合の損害賠償」をご覧ください。)。
悪質な場合、窃盗罪(刑法第235条)や器物損壊罪(刑法第261条)、住居侵入罪(刑法第130条)に問われる可能性も否定できません。
不動産管理会社の方の場合、宅建業法65条1項3号において法令違反行為が禁止されておりますので、宅建業法上の制裁を受ける可能性も否定できません。
絶対にこのような強制退去は避け、建物明渡しを弁護士に相談するべきです。
2 賃料滞納を指摘するコメントをSNS上で行ってよいか?
オーナー様からは、家賃未納の入居者のフェイスブックを発見したので、他人が閲覧できる形で滞納家賃の支払を促すコメントを書き込むように言われました。問題はありますか?
問題がありますので絶対にやめてください。
名誉棄損を理由とした損害賠償請求を受けるリスクがあります。
解説
賃料未納の事実を指摘するコメントを他人が閲覧できる形でSNS上にて行うことは、賃借人の社会的地位を低下させる行為ですので、名誉棄損に該当します。
家賃未納の事実を公開することが直ちに公共上有益であるとは思われません。
賃料回収を達成するための行為に過ぎませんので、このような名誉棄損が正当化される余地は乏しく、民法709条により慰謝料の賠償義務が発生します。
慰謝料の金額は、記載内容や想定される閲覧数等にもよりますが、多くは10万円~50万円の範囲にとどまるでしょう。
ただし、悪質な場合、慰謝料がより高額になるリスクや、名誉棄損(刑法第230条第1項)による刑事訴追を受けるリスクもあります。
書き込みを理由とした損害賠償請求に対応するための、ご自身の弁護士費用も安く済まないリスクがあります。
立腹されるお気持ちはもっともですが、ご質問のようなSNSへの書き込みは避けるべきでしょう。
3 勤務先への連絡は?保証人になっていない緊急連絡先の家族への取立は?
あえて無視していると思います。
勤務先の電話番号はわかっています。これから、勤務先に、毎日2、3回欠かさず電話をして、入居者に滞納家賃を支払わせるよう要望しようと思います。
緊急連絡先は家族になっています。連帯保証人ではないのですが、家族としての責任があると思いますので、これから、毎日、緊急連絡先の家族に対して立替払するよう連絡したいと思います。困った家族が本人に支払を促してくれるかもしれません。
問題はありますか?
違法性を帯びた過酷な取立であるという理由で、慰謝料の請求を受けるリスクがあります。
不誠実な賃借人に憤ることはもっともですが、絶対に避けましょう。
解説
勤務先への連絡は望ましくありません。ましてや、勤務先に毎日2、3回欠かさず電話をして、滞納家賃を支払わせるよう協力を求めることは論外です。
社会通念上相当性を欠いた過酷な取立と評価されるリスクがあります。
また、保証人以外の家族は、滞納賃料の支払義務がありません。
それにもかかわらず、家族に立替払を要求すると、社会通念上相当性を欠いた過酷な取立と評価されるリスクがあります。
なお、不動産管理会社が、何らかの事情で支払ができない賃借人に対し、賃料の支払を督促し続けることは、非弁行為と評価されるリスクもあります(詳しくは本ウェブサイトの「不動産管理会社の方へ」をご覧ください。)。
無意識のうちに過酷な取立を行ってしまう可能性もありますので、賃料滞納の対応は弁護士に相談するべきでしょう。
補足
どこまでの行為を行えば、過酷な取立として慰謝料の支払が命じられるかという明確なボーダーラインはありません。
参考になるものとして、以下に紹介する貸金業法第21条第1項に定める取立行為の規制が存在します。これらの規制は貸金業者を対象としています。
しかし、貸金業者以外であれば以下の規制行為を自由に行ってよいという趣旨ではありません。
貸金業者であるか否かにかかわらず、私生活や業務の平穏を脅かす行為として問題となりやすい行為が類型化されていますので、参考になるでしょう。
- 威迫行為
- 午後9時から午前8時までの時間帯における、正当な理由無き、電話・FAX・訪問
- 勤務先・居宅以外の場所への、正当な理由無き、電話・電報・FAX・訪問
- 訪問時に退去すべき意思を示されたのに、退去しないこと
- 貼り紙、立看板その他の方法にて、借入に関する事実その他私生活に関する事実を明らかにすること
- 他者からの借入等で弁済資金を調達するよう要求すること
- 家族等、債務者以外の者に対し、代わりに弁済するよう要求すること
- 家族等、債務者以外の者に対し、債務者の居所や連絡先を知らせることその他の債権の取立への協力を拒否しているのに、債権の取立への協力を要求すること
- 弁護士等から受任通知があったにもかかわらず、直接の連絡等を行うこと
4 水道、電気等のライフラインのストップ
当社が電力会社と一括契約の上、電気料金相当額を各店舗に請求しております。
現在、賃料未納の店舗が、電気料金相当額も滞納しています。
無断で荷物を搬出することは違法だというのは分かりますが、賃料だけではなく電気料金も支払わない店舗に電気を使わせるわけにはいきません。
店舗への送電を停止する工事を行う予定です。
適法でしょうか?
水道、電気等のライフラインを使えなくする工事を施工することも、違法な自力救済と評価されるリスクがあります。避けた方が良いでしょう。
解説
賃貸借契約の事案ではありませんが、マンションの管理費を滞納した入居者の給湯を停止した事案において30万円の慰謝料の支払が認められた例(東京地裁平成2年1月30日判決)などがあります。
事業用物件のテナントの場合、電力停止による休業に伴う損害の賠償を請求されるリスクもあります。
仮に、賠償額を低額に抑えられたとしても、テナントからの賠償請求に対応するために相当額の弁護士費用を費やすことになりかねません。
ライフラインを利用できなくする工事の施工は避け、法的手続による建物明渡しを目指す方が良いでしょう。
※2023年1月執筆当時の情報を前提としたものです。
本記事の記載内容に関して当事務所・所属弁護士が何らかの表明保証を行うものではなく、閲覧者が記載内容を利用した結果について何ら責任を負いません。