賃料滞納にお悩みのオーナーの方は珍しくないでしょう。
賃料回収の方法としては、内容証明郵便による督促や、訴訟における和解、連帯保証人に対する請求等が考えられます。
本ウェブページでは、特に強制執行による賃料の回収について解説します。
なお、強制執行に限らず、賃料回収についての一般論を、本ウェブサイトの「賃料(家賃)の回収方法について」の中で、解説していますので、こちらも併せてご参照ください。
このページの目次
1 判決後に行うべきこと
まず、滞納額の増大を抑えるため、建物明渡の強制執行を申し立てましょう。
詳しくは、本ウェブサイトの「滞納者が判決に従わず退去しない場合」をご覧ください。
並行して、未払賃料を回収するために、賃借人の財産に対する強制執行を申し立てることが考えられます。
強制執行とは、債務者の財産を強制的にお金に換えて、債務の弁済に充てさせる、裁判所を使った手続です(正確には金銭執行ですが、単に「強制執行」とします。)。
預貯金、給与など、様々な財産を、強制執行を通じ、お金に換えて、未払賃料の弁済に充てさせることが考えられます。
詳しくは次項以下をご覧ください。
2 預貯金の差押えで滞納賃料を回収できる?
回収できる可能性があります。
ただし、金融機関に差押命令が送達された時点の残高が差押えの対象になります。
口座残高不足で、せっかく差押えを行ったのに、回収ができないこともあります。
弁護士とよく相談して実行するか否かを決めましょう。
以下、解説します。
預貯金の差押えの流れ
強制執行手続の一つとして、預貯金の差押えが挙げられます。
実務上、重要な手段です。
スムーズに進行した場合の流れは以下のようなものです。
- 強制執行申立書提出
- 裁判所が金融機関に差押命令を送達
- 裁判所が賃借人に差押命令を送達
- ③から1週間経過後、賃貸人が金融機関から預貯金を直接取り立てる
金融機関・支店の特定が必要
全国の金融機関の預貯金を包括的に差し押さえることはできません。
金融機関・支店を特定する必要があります。
探索手段としては、以下のようなものが挙げられます。
- 賃料の引落口座の確認
- 交渉経過における賃借人からの情報収集
- 弁護士による預貯金口座の調査
(弁護士会照会、民事執行法207条以下の預貯金債権等の情報取得手続など)
金融機関への送達時の残高が差押えの対象となる
金融機関に差押命令が送達された時点の残高が、差押えの対象となります。
例えば、金融機関への差押命令の送達後に、給与が口座に入金されたとしても、差押えの対象にはなりません。もちろん、同じ預貯金口座の差押えをやり直すこともできますが、余計な費用がかかってしまいます。
そのため、強制執行申立書提出のタイミングが重要です。
賃借人が個人の場合:25日や賃料の弁済期直前を狙う
給与入金直後に金融機関に差押命令が送達されることを狙います。
給与入金日は賃貸借契約締結時に確認しておくべきです。不明の場合、差し当たって25日や、賃料の弁済期直前などを給与入金日と想定することが考えられます。
ただし、あくまでも想定ですので、差押えが空振りに終わり、費用が無駄になることもあり得ます。
余談ですが、借金や未払家賃で困窮する方の中には、入金直後に給与全額を引き出し、徐々に費消する人がいます。このような人の場合、預貯金の差押えは少々難しいかもしれません。
賃借人が事業者の場合:月末を狙うが、ローンに注意
事業者の場合、通常、預貯金残高が激しく変動します。ですが、月末には種々の口座引き落としや買掛金の支払により、残高が高額となっている可能性があります。
そこで、月末に債権差押命令が送達されることを目指して、強制執行を申し立てることになります(こちらも想定に過ぎませんので、空振りに終わり、費用が無駄になることもあり得ます。)。
しかしながら、賃借人がローンを組んでいる場合、ローンを組んだ金融機関の預貯金口座からの回収はできないことが多いです。
このような預貯金口座に差押えが行われた場合、金融機関は口座を凍結して自らのローンの回収にまわしてしまうためです。
そのため、ローンの有無には注意する必要があります。ローンの有無は弁護士会照会などにより事前に判明することがありますが、ケースバイケースです。
3 賃借人の給与を差し押さえて滞納賃料を回収できる?
回収できる可能性があります。
ただし、事前に、勤務先を把握する必要があります。
差押後に賃借人が転職した場合には、それ以後の給与は差押えの対象になりません。それ以後の給与を差し押さえるには、転職先を調査して改めて差押えを行う必要があります。
費用倒れになってしまうリスクには注意しましょう。
以下、解説します。
給与差押の流れ
強制執行手続の一つとして、給与の差押えが存在します。
スムーズに進行した場合の流れは以下のようなものです。
- 強制執行申立書提出
- 裁判所が勤務先に差押命令を送達
- 裁判所が賃借人に差押命令を送達
- ③から4週間経過した後、賃貸人が勤務先から給与を直接取り立てる
給与差押えができる金額:手取りの4分の1
給与の差押えを行ったとしても全額を回収できるわけではありません。
回収できる金額は、各支払期における給与の手取金額の4分の1です(もっとも、月額給与のうち33万円を超える部分については全額の回収が可能です。)。
例えば、給与手取が20万円の場合、差押えできる金額は月額5万円です。
仮に、未払賃料が60万円の場合、回収には12か月を要します(月額5万円×12か月)。賞与支給があれば、より早く回収できる可能性があります。
なお、預貯金の差押えと異なり、一度、勤務先に差押命令が送達されれば、回収に至るまで、差押えの効果が持続します。給与支払のたびに、賃貸人は給与を勤務先から取り立てることができます。
勤務先を特定する必要がある
給与の差押えを行うためには、賃借人の勤務先を特定する必要があります。
入居書類に記載が無ければ、調査をする必要があります。
勤務先を調査する方法としては、探偵を使うことが考えられます。
ただし、必ずしも勤務先が判明するわけではなく、探偵の費用を賃借人に請求できるわけではありません。この点は注意した方が良いでしょう。
賃借人が退職すると勤務先の再調査の必要が生じる
差押後に賃借人が退職すると、退職以降の給与は差し押さえられません。
その後の給与を差し押さえるためには、勤務先を再調査して、転職先に対して改めて差押えを行う必要があります。
そのため、賃借人が職を転々とするタイプですと、弁護士や探偵の費用の方が高くついてしまい、費用倒れになるリスクがあります。
この点を念頭に置いて、給与差押を実行するか否かを決める必要があります。
入居審査の書類から勤続年数が長いことが判明しているのであれば、賃借人も退職をためらうかもしれませんので、給与差押を試しに申し立ててみる価値があるでしょう。
4 事業者の売掛金の差押え
売掛金が存在するのであれば、回収できる可能性があります。
失敗に終わる可能性もありますが、売掛金の情報を掴んだら検討してみた方が良いでしょう。
以下、解説します。
売掛金差押の流れ
強制執行手続の一つとして、売掛金などの債権の差押えが存在します。
売掛金の差押えは、実務上、重要な債権回収手段の一つです。
スムーズに進行した場合の流れは以下のようなものです。
- 強制執行申立書提出
- 賃借人の取引先に差押命令を送達
- 賃借人自身に差押命令を送達
- ③から1週間経過後、取引先から売掛金を直接取り立てる
売掛金差押が失敗に終わる例
差押が奏功せず、費用が無駄になる場合があります。例えば、以下の場合です。
- 売掛金がそもそも存在しなかった場合
- 取引先への差押命令送達前に、取引先が売掛金を弁済した場合
売掛金差押を成功させるための対策
- 売掛金情報の信憑性の事前調査
売掛金が存在しなかったという空振りリスクを小さくするため、事前調査を行いましょう。テナントの同業者、知人、取引先からの聴取が考えられます。交渉経過でテナント代表者本人や役員、従業員等から情報が得られる可能性もあります。 - 迅速な相談
調査後はすぐに弁護士に相談しましょう。差押命令送達前の弁済を防ぐためです。 - 債権仮差押
債権仮差押という民事保全手続を用いることによって、訴訟の提起前に、取引先の賃借人への支払を防止できる可能性があります。手続に要する費用との兼ね合いがありますが、売掛金の情報を掴んだら、まず弁護士に相談しましょう。
5 自動車強制競売
回収できる可能性があります。
自動車強制競売は失敗して費用が無駄になるリスクが相当程度存在する手続です。
弁護士とよく相談しましょう。以下、解説します。
自動車強制競売の流れ
強制執行手続の一つとして、自動車の強制競売が存在します。
スムーズに進行した場合の流れは以下のようなものです。
- 強制執行申立書提出
- 自動車の差押登録
- 執行官が現場臨場・自動車を引揚げ
- 売却期日まで保管
- 売却・配当
※登録済普通乗用自動車を前提とした解説です。
自動車強制競売ができない場合:所有者が第三者の場合
申立前に自動車の登録情報を確認します。
所有者の欄が、賃借人以外の第三者の場合、差押えができません。
リース車両の場合や、賃借人の家族名義の車両は差押えができないことになります。
自動車強制競売が失敗に終わる例
自動車強制競売は、預貯金や売掛金の差押えに比べると、実務上、重用されているわけではありません。
理由は自動車強制競売が失敗に終わる例が少なくないためです。
主な例を挙げます。
- 執行官の現場臨場時に自動車が他所に移動中といった事態が繰り返され、申立後1か月以内に引き揚げができない場合(民事執行法規則97条・民事執行法120条)
- 自動車引き揚げに成功したが、手続費用、税金といった賃料より優先する債権に配当してしまうと、賃料への配当が見込めない場合(無剰余取消)
賃料滞納の案件では、自動車税等の税金滞納が想定されますので、注意が必要です。
自動車強制競売を成功させるための対策
売却見込額の事前調査
弁護士に依頼すれば、弁護士会照会という手法にて、車検証上の登録情報を事前に入手できます。
無剰余取消とならずに売却できる見込みがあるか検討しましょう。
駐車時間帯の事前調査
駐車時間帯のパターンを事前調査し、執行官の現場臨場時に自動車が無いというリスクを小さくしましょう。
執行官と打ち合わせて、自動車が駐車されている時間帯を狙って引き揚げを試みます。場合によっては午前7時など朝の時間帯に赴くこともあります。
生活状況の事前把握
判決に至るまでの経過の中で、できる限り賃借人の生活状況・経営状況をヒアリングしておきます。
税金滞納に関する情報は賃借人自らが話をしてくれることもあります。無剰余取消となるかの見極めがつくことがあります。
6 家具を差し押さえて未納の家賃を回収できる?
家具の多くは、民事執行法131条に規定する差押禁止動産に該当します。そのため、家具の差押えは、ほぼ不可能です。
現金の差押えも理論上あり得ます。しかし、66万円までの現金は差押禁止(民事執行法131条3号・民事執行法施行令1条)です。通常のケースですと、賃借人が66万円を超える現金を所持していることは無いでしょうから、現金の差押えも難しいでしょう。
7 事業用物件における商品等の差押え
回収できる可能性があります。
商品等の差押えも、他の財産に対する強制執行と比べると失敗して費用が無駄になるリスクが高いと言われます。弁護士とよく相談しましょう。
以下、解説します。
商品等の動産執行の流れ
動産執行と呼ばれる強制執行により、商品や機械、什器備品を差し押さえることが考えられます。
スムーズに進行した場合の流れは以下のようなものです。
- 強制執行申立書提出
- 執行官が現場臨場・商品等を引揚げ
- 売却期日まで商品等を保管
- 商品等を換価・配当
商品等の動産執行が失敗に終わる例
商品等の動産執行を申し立てても、換価できず、費用が無駄になる場合が多いと言われます。
例えば、以下の場合です。
- 手続費用を賄えるほどの換価価値が無いと執行官が判断した場合、執行不能となります(無益差押の禁止:民事執行法129条1項)。このリスクが非常に大きいです。
- 個人事業主の「業務に欠くことのできない器具その他の物」は差押えができません(民事執行法131条6号)。具体例として、個人開業医のレントゲン撮影機等が挙げられます(東京地裁八王子支部昭和55年12月5日判決)。
- 税金等に配当すると、賃料に配当される見込みが無いことが発覚した場合、原則、差押えは取り消されます(無剰余取消:民事執行法129条2項)。賃料を滞納したテナントは税金も滞納していることが想定されますので、このリスクも大きいです。
- 第三者の所有権留保(一般的にリースと呼ばれます)等が付された動産については、ネームプレート等により明らかであれば、執行官は差押えを行いません。仮に、誤って差し押さえられた場合でも、第三者異義の訴え(民事執行法38条)等により執行が取り消される可能性があります。
- 第三者の抵当権が設定された工場内の供用物は、法律上、動産執行が許されない場合があります(工場抵当法2条・同法7条2項)。
商品等の動産執行を成功させるための対策
商品等の情報の取得
事前に、賃借人の従業員・役員、同業者から情報を取得しましょう。可能であれば、現地調査を行うべきでしょう。
買受希望者の準備
執行官の現場臨場に買受希望者を同行させれば、商品等の換価価値が乏しいことを理由に執行不能となるリスクは小さくなるでしょう。
経営状況についての調査
判決に至るまでの経過の中で、賃借人の経営状況をヒアリングすると、税金等の滞納の有無が明らかになり、無剰余取消となるかの見極めがつくことがあります。
8 まとめ:早めの相談・被害拡大前の迅速な建物明渡
以上のとおり、強制執行の対象となる財産は様々です。実務上、重用されるのは、預貯金、給与、売掛金です。それぞれメリット・デメリットがあります。適切な手段を早期に見極める必要があります。
また、強制執行を申し立てたとしても、結局、賃料を回収できないこともあります。
そのため、最も大切なことは、迅速に明渡しを実現し、滞納額の拡大を抑えることです。
賃料滞納の問題に直面したオーナー・不動産管理会社の方は、弁護士に早めに相談をされた方が良いでしょう。
※2023年1月執筆当時の情報を前提としたものです。
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